神様同士が将棋を指したらどうなりますか?
将棋は究極のところ、先手必勝か後手必勝のゲームですか?
すいません、これって哲学の問題じゃなかったですか?
他に尋ねるところ、分からなかったので。
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仰るとおり、「先手必勝」か「後手必勝」か、あと挙げ足取るようですが、「引き分け」のいずれかです。
将棋のようなゲームを二人零和有限確定完全情報ゲームといいます。
長い名前ですが、このうち「有限」「確定」「完全情報」について解説します。
①有限
将棋の局面は有限です。マスが81マス。駒が40個。81のマスに最低2個から最大40個までの駒の配置が考えられます。とんでもないパターン数になるのですが、ともあれ有限です。将棋では同じ局面が三回出てきたら千日手で引き分けになります。結果として将棋の手数も有限です。
②確定
将棋ではサイコロを投げるとかルーレットを回すとか、事前に配られる札や牌がどうなるか分からないという「偶然性」が排除されています。先手後手は振り駒で決めますが、これはゲームそのものの性質には影響しません。つまり将棋はすべて論理で解決できる(はずの)ものです。この性質を「確定」と呼びます。
③完全情報
将棋では相手が何をしたかがお互い分かるようになっています。札や牌を相手に見えなくしておくということがありません。それゆえ心理的な要素も排除されています。
という訳で、将棋は、お互いに最善手を指し続ければ「先手必勝」か「後手必勝」か「引き分け」のいずれかになるはずです。
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神様の定義から始めないといけないじゃないですか・・・w
無粋な質問だよ(`・ω・´)シ
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指せないと思います。
まず、千日手または持将棋が結論ならば、最初から駒を持ちません。
先手必勝または後手必勝ならば、先後を決めるのが困難です。
須賀原洋行氏の「気分は形而上」では、神様と仏様の将棋で、先後を決めるジャンケンさえ(先に動いた方が手を読まれて負けるので)できないということになっていました。
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もしもどちらかが必勝であるなら、私の勘では先手必勝のような気がします。
なぜなら、先手には第一手目で30通りの打ち方があると思いますが、そのどれもがことごとく後手必勝になるとは思えないからです。
これは「真実が何であるかの確率」で考えたいのですが、もし、すべてが後手必勝だとしたら、そんなことが世の中の真実である確率は約10億分の1です。(1/2の30乗)
少なすぎる!
私たちはそんな世界に生きているのか。
30通りのうち後手必勝にならない手が少なくとも1つぐらいはあっても罰はあたらないのではないか。
よって、最初に手を選べるのは先手であるからして先手必勝ではないでしょうか。
(なんのこっちゃ)
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先手を持った神様が、第一手目に、角というコマの前の歩を、もしついたなら、神様同士でも、先手必勝というわけにはいかないと思います。それほどの悪手ですから。
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神様でも、将棋、(;一_一)
、、、運ですかね(^^ゞ
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